私が飼っていた猫は17歳(人間でいうと84歳くらい)まで生きてくれました。
猫を「マリ」と表記します。
当時、私は実家を出て、隣の隣の県に住んでいました。
約2時間で帰れる距離でしたが、仕事が終わるのがかなり遅く、休みも飛び飛びだったため、実家に帰るのはたまにでした。
それでも帰るとマリは私のことを忘れずに、出迎えてくれました。
マリは亡くなる数ヶ月前にお腹に水が溜まる病気になりました。
動物病院の先生からは、
「手術をした場合、その場で亡くなるか、成功しても数ヶ月しか生きられない」
と言われていました。
私たち家族は迷いましたが、手術でその場で亡くなるのはあまりにも悲しいと考え、手術をしない方向に決めました。
苦しまないよう、定期的に注射を打ちながら、少しずつ近づいてくる別れを受け入れる覚悟を決めました。
手術をしたほうが良かったのかどうか、今でも正解はわかりません。
母から「覚悟はしていてね」と言われました。
私はなんとか休みを作って、一度実家に帰りました。
マリは痩せ細っていましたが、玄関まで迎えにきてくれました。
「あれ?聞いていたよりマリは元気そうだな」と思いました。
マリが私の膝の上に乗ってきたので、頭や体を撫でました。
以前は触るとプニプニしていたのに、
骨の感触しかない……と思いました。
元気そうだと思った数十分後、マリは私の膝を離れ、テーブルの下に行ってゼーゼー言い始めました。
もしかすると私を驚かせないように、元気に見せていたのかな……と思いました。
しばらく経って、朝の4時ごろ、母から電話がきました。
「マリが亡くなったよ」
私はその言葉を聞いて
「ああ、マリが亡くなった」
と思いました。
悲しいけれど、目の前にはいないので、実感が湧きませんでした。
その日は、たまたま仕事に余裕がある日で、残業をせずに仕事を終えることができ、業務終了後に実家へ帰ることができました。
また、運が良く次の日は仕事が休みでした。
実家へ向かう電車の中では、どんなことを考えていたのか覚えていません。
ただ一つ覚えているのは、実家に着けばマリの死と向き合わなければならないということでした。
それが、とても辛かったです。
実家の玄関前に立ったとき、
この先には亡くなったマリがいるのかと思うと、玄関のドアを開けるのがとても苦しかったです。
玄関を開けて入ると、マリは私の部屋の入口で亡くなっていました。
両親がマリの体が傷まないように、マリの周りに保冷剤を置いてくれていました。
父に
「みかん、おもいっきり泣いていいんだよ」
と言われました。
私はその瞬間、涙が止まらなくなり、おもいっきり泣きました。
その夜は目が覚めるたびにマリを撫でに行きました。
翌日、ペット専用の葬儀場でマリのお葬式をしました。
兄は仕事があったため、お葬式に来ることができませんでした。マリをとても可愛がっていたので、お葬式に行けないことを悔やんでいました。
マリは棺の中で、たくさんの花に包まれました。
そしてマリは火葬されました。
火葬時間は1時間くらいだったかと思います。
マリは骨だけの姿で出てきました。
担当された方がどこの骨なのかを説明してくださり、最後に喉仏を骨壷に納めました。
骨壷は数年間保管された後、共同墓地に埋葬されるとのことでした。
そして、担当の方は虹の橋の話をしてくれました。
「亡くなった子は虹の橋で飼い主を待っていますよ」
私は、虹の橋でまたマリに会えたら嬉しいなと思います。
でも、生まれ変わりというものがあるのであれば……
新しい命として生まれ変わり、元気に幸せに生きてほしいと思います。
そして、巡り会うことができたら……
もちろん私はその子がマリだと分からないと思います。
ですが、きっと温かい気持ちになるのではないかと思います。
最後に、この場を借りて両親にお礼を伝えたいです。
もともとは、私が飼いたいと言って飼った猫です。
本来であれば私が最期までみるべきだったと思います。
母はマリを最期まで看病し、父はマリのために痛み止めの注射を打ってもらうため、何度も病院へ連れて行ってくれました。
心から感謝しています。
本当にありがとうございました。

上のイラストはマリと私を撮った写真をもとに描いたイラストです。
本当に幸せな時間でした。